岩手県花巻保健所
高橋 正光
浄化槽は、微生物の働きを利用して、汚水を浄化するものであると言われています。従って保守点検の項目も、pH、DO、SV、活性汚泥や生物膜の状態等、微生物の活動条件に関わる項目に重点がおかれています。確かに有機物を分解し、無機物に変える働きは専ら微生物の作用ですから、微生物が浄化の主役であることは間違いありません。しかし、微生物が好気的条件で速やかに分解できるのは、汚水中の蛋白質や炭水化物の中でも、水溶性のものに限られておりトイレットペーパーや糞便中の未消化の食物繊維―つまりセルロース分は、全く分解できませんし、分解可能な物質であっても、粗大な固まりは容易に分解されず、浄化槽内にたまっていくということになります。
旧基準の浄化槽には、嫌気性微生物による浄化をねらった腐敗タンクがあり、嫌気性条件下では、不溶性の有機物を消化分解できる微生物も活動しますが、この働きにしても、し尿処理場の嫌気性消化槽のように加温した条件でなければ分解速度が遅いため一部分分解されるに過ぎません。
新基準の小型浄化槽では、腐敗タンクに替えて、必ず沈澱分離室が前置されていますが、この沈澱分離室は、単に腐敗タンクが名称を変えたのではなく、槽容量が小さく、ひいては滞留時間が短くなっているため、嫌気性微生物の活動が期待できるものではなく、固形物の沈澱分離作用だけをねらったものです。BOD除去率についても、腐敗タンクでは50%程度の除去率を見込んでいましたが、新基準の沈澱分離室は、設計基礎としてはBOD除去を見込んでおりません。しかし、沈澱分離が良好な状態では、結果的に30%程度のBOD除去効果はあるとされております。
このように、微生物の活動の場ではない沈澱分離室ではありますが、新基準の小型浄化槽には必ず付くものでありますので、この機能を十分に理解して、この槽の働きを十分に活用するが、小型浄化槽の適正な管理に不可欠ではないかと思われます。
沈澱分離室の機能が、固形物の沈澱分離貯留であることは前に述べたとおりですが、この作用は、後段の生物処理の機能を間接的に援助する働きをしております。浄化槽に流入する汚水中には、微生物が分解又は栄養源として摂取できる有機物と、そうでない物が含まれています。旧基準の全ばっ気式浄化槽では、これを分けないで、そのままばっ気槽に流入させていた訳ですが、こうしますとばっ気槽の中には汚水中の栄養源を摂取して増殖した微生物の固まり(活性汚泥)と、何ら浄化作用に寄与しないSS分が混じって存在することになります。これでは、ばっ気槽の見かけの汚泥量のうち有効な微生物体の占める割合が少なくなってしまい、また、活性汚泥と粗大固形物が一緒に撹拌されると良質な汚泥フロックが壊されるという悪影響も及ぼします。さらに、無効なSS分を一緒に溜め込んでいくために、汚泥の増量が早く、すぐ抜き取りが必要になってしまいます。このように全ばっ気浄化槽は、新構造基準の基本思想には適さない本質を持っておりそこで新基準では、無用の固形物を予めできるだけ沈澱分離する型式だけが採用された訳です。
新基準の分離ばっ気、あるいは分離接触ばっ気型浄化槽でも、沈澱分離室に汚泥、スカムが蓄積して分離作用がなくなってしまうと全ばっ気浄化槽と同じようなことになり、しかも、同じ人槽の全ばっ気槽より容量が小さいので、すぐに悪影響が出ることになります。従って沈澱分離室(槽)を有する浄化槽の管理にあたっては、沈澱分離機能が十分に発揮されているかどうかが重要になるわけです。
単独処理の場合の沈澱分離室は理論的には半年分のSS分を蓄積しても、容積の半分が残るだけの容量を有していることになっていますが、これは、通常の使用状態の場合ですので、大便器の使用の多い施設では、トイレットペーパーや糞便中の食物繊維のために蓄積が早く、逆に小便器の使用が主体の施設では、溜まり方が遅いことになります。また、合併処理の沈澱分離槽の場合は、雑排水に含まれるSS分が施設の使用実態で大きく異なり、厨房で食品残滓や油分を流さないように気を付けているかいないかによって左右されますから、通常の使用状態で何ヵ月分というような理論付けは全くありません。つまり、施設に固有の蓄積速度があり、これを把握することが適正な機能維持に欠かせないことになります。
浄化槽保守点検業者が備える点検器具の中には、沈澱分離室の汚泥厚、スカム厚を測る器具として透明なプラスチック筒が備えられているはずですが、これは、沈澱分離室の清掃時期を的確に判断するのに有効な器具ですから、十分活用していただきたいものです。沈澱分離室の汚泥、スカムの貯留限界は、流入管又は流出管・バッフル開口部の上下10㎝程度に達するまでとされておりますので、限界に達する時期を予測して清掃の予定を立てる必要があります。保守点検記録表には、汚泥厚、スカム厚を書く欄がないものも見受けられますが、槽の深さ、管と汚泥、スカムの位置関係を図示している管理士の方もおられ、これは非常に行き届いた点検記録だと思います。
また、沈澱分離室は、後段のばっ気室から返送される汚泥を貯留する槽でもあります。単独浄化槽では、汚泥返送装置としてエアリフトポンプ等を設備しているものは少なく、ばっ気室又は接触ばっ気室の撹拌流を利用して移流管を通じ沈澱分離室へ返送されるものが大部分ですが、これで返送される汚泥はごく一部なので、沈澱分離室が清掃時期に達しなくても、ばっ気室の汚泥あるいは生物膜の調整が必要になります。この場合沈澱分離室の貯留能力に余裕があれば、ばっ気室の汚泥を沈澱分離室に移送することで対処できます。つまり清掃(汚泥の処分)までは必要ないことになります。汚泥の移送は、ばっ気を一時停止して汚泥の沈降を待ち、移送装置のない浄化槽では水中ポンプ等を使って行うことになります。
浄化槽の保守点検は、浄化槽の正常な機能を維持することを目的として行う作業であることは、今さら申すまでもありません。しかし、この言葉を良く味わってみますと、保守点検とは単に現在の浄化槽の状態の善し悪しを「点検」するだけでなく、機能を維持するための「保守」作業が大切であることに気付きます。点検時の機能が正常でも、その状態が長く続くようにし、次の点検時に状態の悪化が予測されるなら、予防措置を講じることにまで配慮したいものです。