岩手県久慈保健所
川村 良孝
私は、「浄化槽法」が出来た昭和58年から保健所職員になりましたが、浄化槽に係る事務を初めて分担したのは、現在の職場である久慈保健所に転属になった平成6年4月からです。当時は、浄化槽の蓋を開けて中を覗いて見たこともなく、建築主事からの設置に係る照会には「五里霧中」という戸惑いようで、あれから2年4ヶ月後に会報「みず」の愛読者から寄稿者側に回るとは夢にも思いませんでした。何を書いたらよいか当惑していたところ、浄化槽協会の高橋課長さんから、昨年9月に着手したいわゆる「無届浄化槽」(所要の手続きを経ずに設置された浄化槽)の調査結果ではどうかという「助け船」があり、なんとかキーボードをたたかせて頂けることになりました。
1.「無届浄化槽」の見聞に着手するまで
いわゆる「無届浄化槽」が、当初管内のA地域を中心に多数あり、法定検査受検の申し込みもなく、現在も新設され続けているようだという情報を平成6年度当初に入手して以来、「構造や維持管理の状況はどうなっているのだろうか?」「新設に歯止めをかける手だてはないものか?」と大変気にはしておりましたが、現地調査の着手は、約1年半後になってしまいました。その要因としては、前述のとおり筆者の経験が浅かったことの他に「無届浄化槽」の数、設置場所等が全く不明であったことが大きかったと思います。
机上では、A地域191基の設置場所を住宅地図上にプロットし、残り約4300ヶ所(約4500世帯―191基)について手当たり次第に調査するという非効率的なプランも可能ではあります。しかし、このプランは、環境衛生並びに環境公害に係る業務量と当初における担当職員の配置(我が県の一般的な保健所と同様に2人配置されていたが、昭和62年度から1人欠員になっていると聞き及んでおります。)から、非現実的であると判断され、悶々とした日々を過ごしておりました。
状況が一変したのは、平成7年8月に岩手県浄化槽検査センター(我が県の法定検査に係る指定検査機関)から80基弱の「無届浄化槽のリスト」を、「浄化槽法定検査未受検者一覧」の番外編として入手してからで、無理なく調査できる基数であり、機が熟したということで、衛生課長を始めとする上司や浄化槽検査センターの所長さんを始めとする同センターの皆様の助言を賜りながら、準備に取りかかりました。
2.調査初日の状況(調査方法に変えて)
「無届浄化槽のリスト」に記載された浄化槽の住宅地図上へのプロット、電話番号調べ、見聞すべき事項のリストアップ(例:浄化槽の有無、行うべきであった手続きの書類、建築物の用途・面積、型式・人槽等に係る表示ラベル、施工状況、手続きを行わなかった理由、維持管理状況等)及び野帳の作成等を済ませ、いよいよ9月下旬に調査初日を迎えました。
初日に現地で戸惑ったことは、一つには、工事完了検査等で得た先入観(浄化槽には、ばっ気装置と二つ以上の蓋があり、表示ラベルは容易に見つけて判読できる。)が通用しない浄化槽があったことでした。すなわち、腐敗型(平面酸化方式)にはばっ気装置や表示ラベルがなく、家庭用の全ばっ気方式には蓋が一つで、分離接触ばっ気方式の一部にも汚れや泡をかき分けないと表示ラベルが見えないものもありました。
二つ目としては、約半数は管理者が不在であったことでした。
三つ目としては、施工者は建築業者の下請けとなる場合が多く、現地で建築業者名が判明しても施工者名は判明することが少なかったことでした。
それでもなんとかその日は10ヶ所弱を見て回り、問題点は事務所に持ち帰り、その後の調査に役立てました。すなわち、野帳や置紙(チラシ)の文面(例:居住者の立ち会いがない場合は、後日電話をすること。)の練り直し、法の規定(例:第53条第2項の立入検査において居住者の承諾を要する場所)の再度確認等を行い、11月末までには、なんとか80ヶ所弱の調査を終えました。
3.「無届浄化槽」の設置・施工状況
管理者及び工事関係者から11月までに調査結果と12月に提出を求めた報告書から取りまとめた結果について項目ごとに書き記してみたいと思います。
まず最初に、浄化槽の設置者及び建築用途についてですが、管内A地域内の71基、その近隣地域内の1基について、「無届浄化槽」であることを確認しました。建築用途別では、一般住宅が67基で最も多く、その他は、事務所が2基、店舗が1基、ガソリンスタンドが1基、作業所が1基でした。
なお、一般住宅のうち12基は、建設業者が自宅に設置したものでした。
2番目として、浄化槽工事関係者についてですが、62基に関わった25業者及び設置者自身2名を確認しました。
浄化槽工事業に係る所要の手続きの有無別にみると、有資格者(浄化槽設備士)を置いて登録又は特例建設業の届出を行った業者(以下「登録業者」又は「届出業者」という。)によるものは僅かで、大部分は未登録、見届業者(以下「未登録等業者」という。)によるものでした。業者数・工事基数の内訳としては、届出業者は3業者・8基にとどまり、残り22業者・54基は未登録等業者(A地区内水道・排水工事業者が7業者・31基、A地区内建築業者が13業者・18基、県外の業者が2業者・2基)でした。
この他、県外3業者に係る情報がありましたが、確認するまでには至りませんでした。
また、元請業者等の形で浄化槽の設置に関係した業者については、33業者について確認しました。業者の所在地別内訳としては、A地区内が26業者、県外が7業者でした。
3番目として、年次別設置状況ですが、昭和50年から始まり、昭和53年から平成6年まで毎年(年間平均約4基ずつ)設置され続けておりました。
なお、年次別施工者別にみると、届出業者によるものは、A地域における合併処理浄化槽補助制度が定着したと見られる平成3年11月以降には無くなった一方で、未登録等業者によるものは平成6年度まで続いておりました。
4番目として、設置の経緯別にみると、浄化槽工事のみ行ったもの(保健所が窓口となる設置届出案件)が17基、新築増改築等に併せて工事を行ったもの(現在の建築基準法の規定では、土木事務所の建築主事が窓口となる建築確認案件に分類される)が55基でした。
ただし、A地域が建築確認を要する区域に指定されたのが昭和61年9月であるため、手続の区分としては、設置届出案件が37基、建築確認案件が35基でほぼ同数となっております。
一方、A地域内において所要の手続を経た浄化槽の設置基数と比較(割り算)すると、設置届出案件の方が無届浄化槽となった比率が高くなっておりました。
5番目として、浄化槽の処理方式別、処理能力別にみると、処理方式別では、分離接触ばっ気(単独)方式が58基、分離ばっ気(単独)方式が9基、全ばっ気(単独)方式が3基、平面酸化(単独)方式が1基であり、合併処理方式は残りの1基のみでした。
処理能力は、人槽算定式を適用すると、5~7人槽で37基中20基、8~10人槽で31基中1基(合計21基)が下回っておりましたが、実際の使用人員の負荷量を考慮すると明らかに能力を超過していると見られるものはありませんでした。
なお、人槽算定式を下回ったものは、いずれも未登録等業者や設置者自身が施工したものでした。
6番目として、放流先等をみると、排水路等が37基、トレンチ式地下放流が5基にとどまり、残り30基については、浸透枡や汲取枡等構造基準・同解説(日本建築センター1980年版)に示されていない放流方法でした。
なお、浸透枡や汲取枡の半数以上にオーバーフロー管が接続されており、枡を設置した理由としては、設置当時に側溝等が整備されていなかったため、放流同意(書)が得られない場合は放流できないと判断したためと見られます。
4.所要の手続きを行わなかった理由
前述のとおり、無届浄化槽の大部分は一般家庭に設置されたものですが、これらの設置者に設置の経緯について聴いて回ったところ、法の規定を知らないが、業者に任せておけば法の規定があるものについては手続きの代行をしてもらえるものだろうと思っていたところ、今回当局から無届けであると指摘され、「寝耳に水」であるという回答が多くありました。
そこで、業者あて手続きの代行の状況について聴く必要があるということになり、日中は現場におり不在だということで、午後7時頃を中心に電話をかけまくりました。その結果、建築確認地域指定前は、業者自身が法の規定を知らなかったという理由が多く、中には住宅金融公庫融資や合併浄化槽補助に係る施工に関わった際に初めて知ったという業者もおりました。続いて建築確認を要するようになった後は、土木事務所等との接触も多くなり法の規定は周知されはじめたものの、適当な放流先がないため汲取便所で手続きを行ったが、建築主の水洗化に対する強い要望に抗じきれずやむなく施工に応じた事例が多くありました。
また、業者による手続代行をめぐり、設計、建築及び排水工事業者間で次のような責任のなすり合いをした事例も相当数ありました。すなわち、「適当な放流先がないので浄化槽の設置は困難である旨説明し汲取便所で建築確認手続きの代行をしたが、その後建築業者又は建築主から何の相談もなかった。」と言う設計者、「浄化槽工事は、専門業者に依頼したが、プロとしての自覚をもって合法的に行うべきではなかったのか。」と言う建築業者、「浄化槽工事は建築業者等の下請けで行う場合が多く、設置に係る手続きや構造基準等、法の規定の話を持ち出すと仕事が回ってこないのではないかと不安である。」と言う浄化槽工事業者が多数おりました。
なお、回答数は少ないが、無届浄化槽設置者からの情報という由々しき事例や合併補助枠等が関わっている事例も見られました。
5.「無届浄化槽」の法定検査等の状況
法定検査を実施している岩手県浄化槽検査センターからの情報によると、平成8年4月までに「無届浄化槽」68基について11条検査を実施しており、その判定は、適正が1基、一部不適正が38基、不適正が29基でした。
不適正率(不適正基数/検査基数×100)でみると、42.6%になり、平成7年度における我が県の不適正率5.5%に比較して著しく悪い結果でした。(参考までに、「無届浄化槽」を除いた当所管内の不適正率は10.2%でした。)
また、指摘のあった不適正項目をみると、維持管理等に係る記録の保存がないもの(又は3年未満のもの)が57基、保守点検を実施していないもの(又は回数不足)が32基等維持管理に係るものが多くありました。
一方、施工等の面での不適正項目は、地下放流に係るものが20基で最も多く、これらは主に未登録等業者が施工したものでした。
6.「無届浄化槽」調査後の取組について
今回の調査は、平成7年12月で一区切りつきましたが、その後の取組等について書き記してみたいと思います。
手始めとして、施工に係わった未登録等業者に働きかけることが有効ではないかと考え、平成8年1月に同業者あて浄化槽工事に係る違反事件に関するショッキングな情報(全浄連ニュース第68号・1995-11参照。)を提供するとともに久慈土木事務所あて同業者に対する指導を要請しました。
また、2月には、同土木事務所と協議のうえ同業者あて資格(浄化槽設備士)の取得に係る試験及び認定講習の日程等の情報を提供しました。
その結果、有資格者(浄化槽設備士)を置いた3業者が特例建設業に係る届出を行い、残りの業者は資格を取得するまで浄化槽工事を行わない旨の申し出を受けたとの好ましい情報の提供を同土木事務所から受けました。
次に、3月始めに土木事務所、浄化槽検査センター、市町村等に関係機関あて調査結果について情報提供するとともに、次のような今後取り組むべき4つの課題について協力を要請しました。
(1) 浄化槽の設置にあたっての設置義務等の法の規定の存在又は重要性が充分周知されていない面が見られたことから、一般住民に対する啓発及び関係業者に対する指導が必要であること。
(2) 多くの未登録等業者が施工に係わっていたことから、浄化槽設備士の資格取得の促進、工事業の登録・届出制度の普及啓発、浄化槽工事現場で設備士による監督が確実に行われているかどうかのチェックが必要であること。
(3) 適当な放流先の確保ができないことが無届設置の要因となった事例が相当数あったことから、生活排水路の確保が必要であること。
(4) 未発見の無届浄化槽が残されているおそれがあること。
続いて3月中旬には、同月某地域内において浄化槽関係業者を対象とする講習会において、浄化槽設置及び工事業者の資格等に係る法の規定について説明しております。
対外的な取組については、3月末で一区切りをつけ、現在、見聞を始めるにあたっての目標をどの程度達成できたかについて、種々の指標から自己採点を試みております。
一番目の目標は、「『無届浄化槽』の新設に歯止めをかけること。」でしたが、平成7年度における無届浄化槽の新設の有無又は基数が確定していないので、予断を許しませんが、次の三つの指標から楽観的な見方をしております。
(1) 平成7年度に無届で工事されたものの、調査着手から現在に至るまでの間に自発的に設置届の提出があった浄化槽が5基あったこと。(この数値は、平成6年までの年間設置基数の平均値に匹敵する。)
(2) 平成7年4月から7月の間にA地域への設置に係る手続きのあった基数と平成8年度同期間同地域のそれと比較すると、無届基数が皆無に等しい合併処理浄化槽については11基から14基へと僅かに増加した一方で、大部分を占める単独処理浄化槽については2基から21基へと大幅に増加したこと。(ただし、「単独処理浄化槽の新設の廃止に向けた取組」という観点に立てば好ましくない現象である。)
(3) 「無届浄化槽」の施工に係わった業者からの反響は、概ね前向きになったこと。
二番目の目標は、「『無届浄化槽』の維持管理状況の実態の把握とこれに基づく改善指導を行うこと」でしたが、平成7年度における維持管理状況は法定検査結果が示すとおり不適正浄化槽が半数を占めておりました。平成8年度におけるその改善指導の効果の現れ方については、2回目以降の法定検査の実施はこれからということで根拠が乏しいと言われればそれまでですが、平成7年度の法定検査結果を受けて不適正浄化槽の設置(管理)者あて乱発(?)した改善指導文書等への反響から受けた感触は次のとおりです。
(1) 保守点検の実施及び記録の保存については、楽観視できる。
(2) 放流方法の改善については、生活排水路の整備等立地条件の改善が進んでいないので、ここ数年以内の改善は、悲観的である。
7.おわりに
私事の話ですが、今回の調査及びその後の一連の取組を通じて、名実ともに「保健所浄化槽担当者」に仲間入りさせていただけたのではないかなと思っております。紙面をお借りまして、ご助言、ご指導並びにご支援を賜りました皆様に深く感謝申し上げます。
最後に、当所管内の某地域のみならず広大な県土を有する(人口密集地域の狭い)我が県においては、公共下水道の普及が一段落した後も浄化槽に課せられる使命が依然として大きいと思われますので、関係者の今後のなおいっそうの努力により浄化槽の設置及びその後の維持管理が適正に行われ、浄化槽の機能が正常に発揮されることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上寄与されることを祈念いたしまして結びとさせていただきたいと思います。