浄化槽担当者になって

岩手県江刺保健所
玉田 ゆみ子


1.きっかけ
 私が江刺保健所で浄化槽を担当することになったのは平成7年からです。正直に言うとそれまでは浄化槽そのものを見たことも無く大学で環境微生物を研究していたことがほんの少し関係するかといった程度でした。
 ところが3年前に我が家にも合併浄化槽を設置することになり、これを機会にと思ったのがそもそもの始まり。そんな訳で自ら志願したこの仕事。女性の担当者は県内でも少ないので違和感のある方も多いと思いますが女性の立場から日頃感じていることをこの機会に少し述べ、少しでも皆さんとお近づきになれたらと思っています。

2.思いがけない最初の壁
 担当すると決めたからにはとことん勉強しないと気が済まなくなるものです。そこで、まずは資料とはりきって勉強することにしました。ところが不思議なことに本屋に出かけても図書館に行っても浄化槽関係の本はなかなか見つからず、少々がっかりしてしまいました。結局のところ知り合いの方からお知恵を拝借ということになったのですが…。
 でもどこか変ではありませんか? 本来ならば私達だけではなく一般の人が浄化槽に関係しているはずです。ところがその情報がほとんどないなんて。
 もしかしたら本当のところ浄化槽に関係する多くの人がそう感じているのではと思います。難しい法律用語ではなく自分たちの言葉で…。
 皆さん何とかする必要があるように思いませんか?

3.わかりやすい制度?
 浄化槽の制度は申請から設置後の維持管理まで手続きがこと細かく決まっています。その点から見ると、私には仕事に慣れてくれば他の分野に比べて扱いやすいように感じられます。しかし実際は…というとトラブルだらけです。保健所の仕事は主に設置に関することがメインで、最も多いのが設置時の土木事務所との意見照会です。設置したい浄化槽がこれでいいか、衛生的に問題ないかといった意見交換をするわけです。もちろん処理期限がありますから、なるべく早く回答をと頑張るのですがトラブルなく申請即パスということはめったにありません。配管の勾配がとれてなかったり、弁がなかったり、何度も申請書や図面を書き直してもらったこともあります。まして単独浄化槽での申請の時には合併の設置に努力していただくために長い時間をかけて説明をすることがあります。単独浄化槽の廃止、合併への切換は全国的な目標です。ぜひ皆さんにも協力していただくと大変助かるのですが…。
 また何ともならず困るのが放流先の問題です。例えば浄化槽を街場から少し離れた所に設置する場合、放流先がなかなか決まらず設置者が断念してしまうことがあります。業者の方と知恵をしぼって何か良い方法がないかと考えた後のその決定はとても残念で仕方ありません。また、申請上は問題が無くても実際工事する段階になって周囲の人から「放流水を流すのはけしからん。かってに許可をするな」といった苦情が寄せられることもあります。皆さんも経験があると思いますが、苦情というのは勢いがないとなかなか人には話せないものです。ですから保健所にくる時には勢いに加速がついてすごい剣幕、といった感じなので聞く側のこちらとしては一瞬唖然として言葉が出ないことがしばしばあります。気持ちが落ち着いてきて、何が原因かある程度判断できる状況になるとなんとか解決できますが、血圧が上がったり冷や汗が出たり本当に色々なことがあります。
 ぜひ浄化槽を設置するときに、設置者だけでなく周囲の方達への理解へもご尽力いただければと思っています。
 一番やっかいなことは、過去に設置した浄化槽が無届けであったり、申請どおり作られてないということで立入検査に行く時です。時には業者にきつく注意することもあります。探偵のように過去を調査するわけですから、埃まみれの書庫にもぐったり、その当時のことがわかる人を探して聞いて歩いたり。当時の担当者が上司や知り合いでないことを祈るばかりです。私はというと…とても完璧とは言えませんが、将来こんなことにならないよう丁寧に仕事をして行きたいと思っています。
 こんなに保健所と業者の皆さんとの間でもトラブルがあるのですから一般の方はちんぷんかんぷんなのではないでしょうか!
 そういえば先日法定検査未実施の設置者に電話をかけたところ「何の話をしているんだか検討もつかん」と言われました。
 私たちには努力する分野がまだまだ目の前に沢山存在するなと痛感しました。

4.一番の勉強場所は
 最初から仕事がスムーズに行くということはありません。けれど「悩に解決しないことは途中であきらめて前進することも大切」「浄化槽を知るには現場を数多く見なさい」という浄化槽検査センターの稲村さんのアドバイスをいただき、現場をひとつでも多く見よう、と決心しました。こういうと変に聞こえるかもしれませんが、残念なことに私自身なかなか現場検査に行けないのが事実です。努力して年に数10件がやっと、というところです。それでも可能な限り…そう思うと不思議なもので、段々と施工業者や保守点検業者の方々の色々な考え方や不満が見えてくるようになりました。
 保健所はやはり行政的立場にあります。公的に平等でなければならず、現場に立つときも設置者と業者と周囲の人たちの立場に立ち法的に正しいか間違っているか判断しなければなりません。そして自分自身が平等な立場にいるか律しなければなりません。ですから知らないということが一番致命傷なのではと私は思っています。時間がかかってもきちっとその場で調べ、解決して前に進むこと。それがこれまでの経験で学んだ最良の改善策だと思っています。
 反省することもたくさんあります。また保守点検業者の方々に助けていただき感謝することも数多くあります。けれど本来なら書類的なことは私達保健所がプロ、現場は業者がプロであるべきです。お互いにプロ同士なのですから妥協したり牽制し合うのではなく、一緒に協力して行けたらといつも思っています。
 また、江刺の場合は市の職員の方や地元の業者、浄化槽検査センターの方々が、本当に協力して下さるので大変助かっています。紙面をお借りして日頃のご協力、ご支援に深く感謝申し上げます。

5.技術研修会への参加
 毎年10月頃に(社)岩手県浄化槽協会主催の研修会があります。平成7年は江刺市、平成8年は雫石町でありました。保守点検業者といった方々が中心の研修会ですが、「ぜひいらしてください」という稲村さんのお誘いに甘えて2年連続で参加させていただきました。個人的にはとても喜んでいます。
 一番の楽しみは最新の浄化槽を見学し、その説明を聞けることにありますが、それ以上に浄化槽に関係する仲間が今何を考え悩みどう努力しているか直接聞くことができ、自分自身の不安を解消できること、ブロアーの修理や水中ポンプのメンテナンスなど保健所では経験できないことをおもいっきり体験できることです。これからもずっと続けて参加させて頂きたいと思っています。
 浄化槽関係の皆さん平成9年も会場でお会いしましょう。

6.おもいがけない事件
 平成8年全国的に腸管出血性大腸菌O-157の食中毒事故が多発し、岩手でも盛岡で多くの人が感染する学校給食事故が起こりました。浄化槽も思いがけず放流水という観点から保守点検の重要性がクローズアップされ、関係者の方は毎日忙しい日々だったと思います。また放流先の確保の声も同時に上がり、生活環境の保全や公衆衛生の向上といった様々な表現で浄化槽の重要性が指摘されました。
 最近の浄化槽の進歩は目を見張るものがあります。脱窒素脱燐酸型の新構造の普及など新たな展開が見られます。それでもこの事件は、汲み取りトイレの設備が十分でなかったころの伝染病への対応のように、今の時代にも高度技術の落し穴があることを痛感させられました。
 放流先確保は大きな問題ですし、O-157は原因の究明など多くの時間がかかり身近な所で発生してもおかしくない問題です。そして犠牲になるのは小さな子供や高齢者の方が多いと思います。これを防ぐには日頃の維持管理です。暑い中や寒い時の作業は大変だとは思いますが、浄化槽の維持管理は直接私達の健康管理につながります。関係者の皆さんの努力よろしくお願いします。

7.おわりに
 保健所に法定検査の結果が送られてくると毎回不適正が無いように、と祈ってから結果を見ます。なぜかこの結果が業者の皆さんと私への通信簿のように思えるからです。平成9年はじっくり歩く丑年です。関係者の方たちの努力によって県内にも合併浄化槽が益々普及し、皆さんに豊かな生活をささえて頂けたらと願っています。そして私自身も毎日の仕事が実を結ぶよう一生懸命努力したいと思っています。
 日頃感じたことを長々と書いてみました。皆さんのご活躍を祈念して結びとさせていただきます。