岩手県の単独処理浄化槽全国最低基数の背景
(岩手県浄化槽検査センター40年を振り返ってみて)

(公社)岩手県浄化槽検査センター
所長 稲村 成昭



1 はじめに
 (公社)岩手県浄化槽協会は今年4月に50周年、そして、指定検査機関としても、来年4月には40周年を迎えることとなります。これまでのご支援に感謝申しあげるとともに、 これからも浄化槽による水環境の保全に皆様とともに歩んでまいりたいと思います。
 さて、全国では単独処理から合併処理への転換が大きな命題となっていますが、岩手県ではすでに、合併処理浄化槽の設置割合(合併処理割合)がH29年度には91.8%と全国一高い状態にあります。これは、単独処理浄化槽の設置が極めて少なかったことにも関係しています。今回はこのような岩手県の独特な設置状況とその背景について、私の検査員としての40年近い体験(現在37年目)とその中で皆様から見聞きしたこと(記憶に怪しいところも)を振り返ってみたいと思います。

2 設置状況の全国との比較
 最初に、これまでの岩手県における浄化槽の設置状況の推移を全国の傾向と比較してみます。
 

(1) 単独処理浄化槽の設置状況
 全国での単独処理浄化槽の新設禁止(H13)が始まる少し前のH10年度前後まで設置基数が増え続けた(表1参照)のに対して、岩手県ではそのH10年度ころまでは僅かな増加しか見られませんでした(表2参照)。

(2) 合併処理浄化槽の設置状況
 全国では平成の時代に設置基数がおおよそ24倍(H29/H1)に増加したのに対し、岩手県も27倍と同等以上に増加しました。設置基数の全国順位は表3に示すように昭和から平成の時代まで20~30位とほぼ全国中位です。ちなみに、北海道・東北地区では、福島県についで多い状況(H29)となっています。

(3) 総設置基数と合併処理割合の推移
 昭和最後のS63年度の総設置基数は12,410基と全国平均(129,113基)の1/10、二番目に少ない長崎県(21,203基)の半分近くと極めて少なく、全国の順位も長い間全国最下位でした。しかし、H17年度には鳥取県を上回り、現在は39位(H29)となっています。このような順位の上昇は、合併処理浄化槽の順位が全国中位で推移してきたことが大きく、単独処理浄化槽は減少するのみであることを考慮すると順位はもう少し上昇する可能性があると思われます。また、岩手県の合併処理割合が高い要因は、単独処理浄化槽の設置が昭和の時代にはほとんど進まなかったにもかかわらず、一転して平成の時代には合併処理浄化槽の設置が大きく進んだことによります。
   
   
表1 全国の設置状況表2 岩手県の設置状況表3 岩手県の設置状況に関する全国順位

3 設置状況に影響した要因  
(1)単独処理浄化槽が少なかった要因
 私が、検査員になったころは、「岩手県の浄化槽総設置基数は全国一少なく、その要因は所得水準が全国でも低いため」と言うことをよく聞きました。しかし、当時の県民所得は全国41位(S63)と確かに下位グループではあるのですが、その中でも著しく設置が少なく、そのことが主因ではないように感じていました。今振り返ってみると、おそらく、次のような要因の影響があったものと考えています。
 
① 道路側溝への放流規制(県道側溝はS47県土木部通知により放流禁止)がきびしかった。
② 水利権、漁業権(農業用の水路など)のある水路などへの放流条件がきびしかった。
③ 地下浸透(放流)方式の放流が基本的に認められなかった。
④ 単独処理浄化槽の処理性能への信頼が極めて低かった。

 特に、①の県道側溝については、放流禁止と全国の中でも特に厳しかった(全国にも同様の規制があったが、真面目に守ったのは岩手県だけだったとの話もあった)と言われ、それに見習うように市町村道(地域差有)についても同様の傾向がありました。根底には、単独処理浄化槽には、④の処理水が汚い・臭い(水環境にマイナス)、稲作の青立ち等の原因(風評?)やトイレ排水への生理的な抵抗などの負のイメージが、住民だけではなく、行政にもそのような認識があったように思います。②③の放流条件の適用についても、下流側の住民からの同意、水路の使用料、三次処理の設置、そもそも水路管理者が同意しないなど、設置のハードルが非常に高かったと思います。このような負のイメージは、水洗トイレの利便性を体感しやすい市街地近郊より郊外の方がむしろ顕著で、このため郊外や山間部での単独処理浄化槽の設置が極めて少ない傾向がありました。その後、設置基数の多かった市街地近郊や大きな集落では、下水道や集落排水処理施設の普及が進み、浄化槽は廃止となり、結局、単独処理浄化槽は全国のように大きく増えることはありませんでした。なお、浄化槽法に使用廃止届出制度が設けられる(H18)以前から、岩手県では廃止や撤去の届出制度(S48県要領/S57県要領/ H12県条例)があり、それに合わせて、曲がりなりにも浄化槽台帳の廃止基数の把握が行われていたことも大きかったと思います。

(2)合併処理浄化槽の設置が進んだ要因
平成の時代に合併処理浄化槽の設置が順調に進んだ要因としては、S63年度に北海道・東北地区では、山形市に続き水沢市(現奥州市)よりスタートした補助金による合併処理浄化槽設置整備事業は、H5年度には県内全市町村で実施となったことが大きかったと思います。また、市町村が設置・維持管理を行う浄化槽市町村整備推進事業もH12年度にスタートし、実施市町村数ではH17~27年度には全国一でした。これらのことは、設置時の住民の金銭的な負担が大幅に軽減されるだけではなく、行政側も合併処理浄化槽の設置を積極的に推進する側に転じたことを意味し、単独処理浄化槽ではネックとなっていた①~③について放流規制や条件の緩和に少しずつではありますが、大きな影響があったと思われます。特に①に関しては、H8年の県議会定例会において、当協会が中心となり取りまとめた「生活排水処理対策の強化を求める請願」が採択され、H9/4/1より例外的な取扱いとして県道側溝への放流を認めることになりました。①②に関しては、国においてS63年に「放流同意問題」について一定の方向性を打ち出したことも大きく後押ししました。また、③に関してもH20/4/1から県において「浄化槽放流水の地下浸透に関する指導要領」が施行されました。このような流れは、単独処理浄化槽にはあった④の負のイメージが、合併処理浄化槽では大きく改善され、単独処理浄化槽がほとんど設置されなかった郊外や山間部にも設置されるようになりました。


4 まとめ
 今振り返ってみると岩手県においては、県民所得の多少が単純に浄化槽の普及につながっていた訳ではなく、結果的に、昭和の時代には非常に厳しい放流規制等により、単独処理浄化槽の設置は最小限に抑制され、一転して平成の時代にはその規制・制限が補助金の導入により緩和され、全国並みの合併処理浄化槽が設置され、合併処理割合では全国一となりました。この背景には、各種の規制等が守られたことにあり、それは、岩手県は他県に比べて無届浄化槽も非常に少ない(地域差はある)とも言われており、このことからもわかると思います。つまり、行政だけではなく、昭和の時代から業界も「寡黙でまじめな⇒黙っていてもルールは守る」と言うようなある意味県民性にあるのかもしれません。
 単独処理浄化槽の転換をほぼ達成し、見方によっては全国の最先端を走っているとも言える岩手県ではありますが、次の令和の時代は、人口の減少や人手不足など新たな課題が想定されます。このような難題のある中でも、検査センターといたしましては、皆様と一体となって、浄化槽の普及促進によるさらなる郷土の水環境の保全に貢献をしたいと考えています。